2010年07月24日

増尾城址総合公園

千葉県柏市の増尾城址総合公園を訪ねました。この公園は、戦国時代に使われた増尾城跡を含む自然林を生かした公園です。

測量図
案内板に掲載されている増尾城跡の測量図。図の左端に駐車場があり、そこから副郭南の虎口へと向かいました。

副郭内北
櫓台の下を通り、虎口を入ると副郭の空間が広がっています。

副郭内南
副郭北端の虎口付近から見た内部。外灯の後ろに土塁から続く櫓台が見えています。

櫓台
櫓台

通路
櫓台上から見た駐車場から続く通路

主郭副郭虎口
副郭から主郭への虎口

主郭内部先端
舌状台地の先端であるため、先に行くに従って狭くなっている主郭の内部。正面に虎口が見えます。

腰曲輪
主郭先端の下にある腰曲輪

主郭内部
主郭内から副郭の方向を見る

主郭土塁上
主郭北の土塁上から見た主郭と副郭。左は両郭を結ぶ虎口

空堀跡
副郭北側の空堀跡。右の土塁下は広場になっていますが、往時には低湿地であったと思われます。

この増尾城は前回訪ねた根木内城跡から東へ4km程と近く、根木内城と同様に高城氏の勢力下にあったと伝えられています。
公園は増尾城跡から更に北に続いていますが、この日は余りの暑さのためここで散策を終わりにしました。


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2010年07月17日

根木内歴史公園

戦国時代の根木内城跡を整備した千葉県松戸市の根木内歴史公園を訪ねました。
根木内城は、16世紀千葉県北西部の東葛地方を治めた高城氏が築城した城です。

01)案内板.jpg
公園入口の案内板。城郭の大半は市街化によって失われています。

02)南東空堀.jpg
曲輪の南東側にある空堀跡を進みます。

03)大手口土橋.jpg
大手口と思われる虎口の前にある土橋。

04)曲輪1内部.jpg
曲輪の内部は広場になっています。

この曲輪は国道6号の建設によって分断されていて、北西方向に進むと国道に出ます。
05)曲輪続き.jpg
高台の住宅が建っている辺りが、分断された曲輪の一部と思われます。

06)主郭方向.jpg
主郭があったと思われる方向です。宅地化されて遺構らしいものは見当たりません。

07)曲輪2土塁.jpg
北側の空堀跡の向こうに土塁があります。空堀はこの辺りでは殆ど埋まってしまっています。

08)曲輪2内部.jpg
土塁の奥は樹木に覆われていますが、主郭に通じるひとつ奥の曲輪と思われます。

09)曲輪間空堀.jpg
曲輪の間を隔てる空堀。東側の低湿地に向かって伸びています。

10)空堀東側.jpg
東側から見た空堀。往時にはもっと深かったはずです。

11)湿地.jpg
かつて水田だった上富士川沿いの低地は、ヨシなどが植えられて湿地として保存されています。


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2010年07月04日

笠間城跡(その2)

前回は佐白山の中腹にある本丸まで登りましたが、更に天守跡を目指します。

10)本丸から天守曲輪.jpg
本丸から天守曲輪に向かいます。

11)天守曲輪.jpg
天守跡へ続く石段

12)天守曲輪石垣.jpg
見事な石組みが見えてきました。

13)石垣近接.jpg
崩れ落ちそうな石があり、石垣の下は立ち入り禁止になっています。

14)佐志能神社前石段.jpg
石垣上の狭い曲輪から更に上へ石段が続いています。

15)佐志能神社拝殿.jpg
山頂には佐志能神社が祀られています。国土地理院発行の2万5千分の1地形図では佐志能神社の社殿脇に標高205mと記載されています。

16)築地塀.jpg
佐志能神社の本殿を囲む築地塀。この塀に使われている瓦は天守のものと伝えられています。元々この地に鎮座していた佐志能神社は、笠間城築城時に他所に遷されましたが、明治5年(1872年)の笠間城廃城によって戻されました。

17)社殿裏巨石.jpg
社殿裏には、自然のものか築城時に使われたものか判別できませんが多数の巨石があります。

社殿の回りを一周して、登って来た道を戻ります。
18)佐志能神社前石段上から.jpg
佐志能神社前の石段。登った時以上の勾配を感じます。

19)天守曲輪から本丸方向.jpg
天守曲輪から本丸方向を望む

石垣や石段が多く残っており、歴史的ロマンを感じられる城跡でした。


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