2010年09月28日

飯高寺

飯高寺は、明治初めまで日蓮宗の学問所飯高壇林があった千葉県匝瑳市の寺院です。前回紹介した飯高神社から500m程離れた台地上にあります。

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延宝8年(1680年)建造の総門

飯高壇林は、天正8年(1580年)日蓮宗に帰依していた平山常時が、この地にあった自身の居城飯高城内に学問所をつくったのが始まりと伝えられています。境内には城の遺構と思われるものも見られます。
9)土橋と空堀.jpg
土橋と空堀跡

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立正大学発祥の地碑。明治7年(1874年)飯高壇林は廃檀となりますが、東京の芝二本榎に設けられた宗教院にその役割が引き継がれ現在の立正大学へとつながります。

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参道から講堂を見る

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講堂正面

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承応3年(1654年)以前の建造とされる鐘楼

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享保5年(1720年)建造の鼓楼

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講堂は、慶安4年(1651年)建立。講堂をはじめ総門、鐘楼、鼓楼いずれも重要文化財に指定されています。


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2010年09月22日

飯高神社

千葉県匝瑳市の飯高神社を訪ねました。江戸時代中後期の彫刻装飾が多く残る神社です。

1)飯高神社境内.jpg
飯高神社境内。江戸時代後期の建築と考えられている拝殿は、老朽化が進み周囲へ補強材が架けられています。

2)拝殿天井.jpg
拝殿天井の板絵

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本殿を囲む瑞垣の欄間には古代中国24人の親孝行者の話「二十四孝」の彫刻が嵌めこまれています。

4)本殿.jpg
18世紀半ばに建造された本殿

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本殿木鼻

6)本殿右面.jpg
本殿右面の彫刻

7)本殿裏面.jpg
本殿裏面の彫刻


ラベル:神社 彫刻 木彫
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2010年09月14日

羽黒山公園

霞ヶ浦を望む台地上に整備された茨城県行方市の羽黒山公園を訪ねました。

1)稲敷大橋.jpg
台地南の中腹から霞ヶ浦を望む。中央に対岸の稲敷大橋がうっすらと見えています。
ここ羽黒山は、戦国期の麻生城が築かれていた場所で、公園内にも多くの遺構が確認できます。

2)麻生城跡概略図.jpg
今回歩いた範囲で城跡の概略図を作ってみました。

3)@曲輪.jpg
概略図①の曲輪。奥は一段高くなっています。

4)A空堀.jpg
概略図②の空堀

5)B空堀.jpg
概略図③の空堀

6)C空堀終端.jpg
概略図④の空堀終端部は横矢が掛かっています。この周囲は土塁、空堀、曲輪が入り組み、更にそれぞれの高低差が加わり複雑な構造を有しています。これは、北に続く台地伝いにやって来る侵入者をここで迎え討つためではないかと思われます。

7)D土塁.jpg
概略図⑤の曲輪から西の土塁を見る。間の空堀部から3m50cm位の高さがあります。

8)E小曲輪.jpg
概略図⑥に小曲輪と思われる平らな場所があります。

9)F城下川.jpg
概略図⑦から北東方向を望む。城下川の流れる低地に向かって谷になっています。

10)G土橋.jpg
概略図⑧の土橋。長年の風雨でだいぶ削られてしまっています。

11)H主郭部.jpg
概略図⑨の主郭部があったと思われる曲輪。現在は遊具が設置され、右側は芝生の広場となっています。

12)和田公園.jpg
北西部の墓地から対岸を撮影。右には以前訪れた和田公園が見えます。こちら側の岸辺は水郷筑波国定公園天王崎園地です。


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