2011年10月29日

つつじヶ丘

 紅葉には少し早いのですが茨城県北部男体山系の景色を眺めるため同県大子町に向かいました。
 目指すつつじヶ丘は、県道322号から大子町北富田で奥久慈パノラマラインに入り800m程で左折し、細い道をしばらく進むと左側にある自然公園です。

01)つつじヶ丘.JPG

つつじヶ丘の展望台からの眺望です。
02)男体山.JPG
男体山

03)岩稜.JPG
南へ続く岩稜

04)長福山と男体山.JPG
長福山と男体山

 男体山系稜線の西側斜面を南北に縦断している奥久慈パノラマラインに戻り、北へ向かいます。
 東日本大震災によってできたと思われる路面の陥没があちこちにあり、男体トンネルの近くでは道路脇の法面が大きく崩れています。
05)法面崩壊.JPG

古分屋敷橋からの眺め
06)古分屋敷の景観.JPG

大円地付近から見上げる男体山
07)男体山.JPG

08)男体山.JPG

 奥久慈パノラマラインは北へ続きますが今回は、滝倉で左に折れ帰途に着きました。

つつじヶ丘

posted by ぱぺすけ at 20:35| Comment(0) | 高原 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

鶉古城跡

群馬県邑楽町の多々良沼公園公園内の鶉古(うずらこ)城跡を訪ねました。
鶉古城は多々良沼に突き出す半島状地に築かれた城で、元弘3年(1333年)鎌倉幕府滅亡時に逃れてきた北条高時の弟慧性と荒間朝春によって築城されたと伝えられます。応永年間(1394〜1428年)には多々良忠致の居城となり、戦国期の天正12年(1584年)頃には北条氏の支配下に入ったと思われますが、天正18年(1590年)北条氏の滅亡により廃城となります。
周囲には東へ4kmの館林城、北西へ11kmの金山城があり相互に関連していたと考えられます。

01)鶉古城土塁.JPG
駐車場脇の土塁と堀跡、右の土塁内が郭です。土塁は西への防御として南北に200m程続き、堀は沼水を引き込んだ水堀だったかもしれません。

02)北水堀.JPG
北側の水堀。沼は遊歩道のある堤の左側ですが、往時にはここが岸辺だったかもしれません。

03)堀切.JPG
右の半島基部と先端部を区切るように掘られている堀切。先端部側には土塁らしき盛土も確認できますが、堀が狭く遺構なのか判然としません。

04)浮島弁財天.JPG
岬から更に沼に突き出た浮島弁財天

05)曲輪跡.JPG
岬から郭があったと思われる方向を撮影

06)鶉古城説明板.JPG
駐車場脇の土塁と堀跡以外に目立つ遺構はなく、説明掲示がなければ城跡とは気づかないかもしれません。



posted by ぱぺすけ at 13:43| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

金山城跡(その2)

金山城跡(その1)から続き、いよいよ主郭部へ入ります。

17)大手虎口.JPG
大手虎口。発掘調査を元に復元された石垣は中々壮観です。

18)大手虎口北曲輪.JPG
通路から三ノ丸を見上げるとかなりの圧迫感があります。

19)大手虎口正面土塁.JPG
門からの通路は正面土塁の前で二手に分かれます。

南側の通路から正面土塁内側に入ると日ノ池があります。
20)金山城日ノ池.JPG
水の確保だけでなく戦勝祈願などの儀式も行われていたようです。

21)御台所曲輪.JPG
日ノ池から更に坂を登ると、東側に眺望の開けた御台所曲輪があります。

ここからは新田神社の参道となり、目指す本丸跡は新田神社の境内です。
22)新田神社参道.JPG
右へ向かうと腰曲輪を経て本丸裏馬場へ出られます。

23)金山城本丸跡.JPG
本丸跡。境内には新田神社のほか御嶽神社と梅若稲荷神社の社殿が並んでいます。

24)金山城本丸石垣.JPG
往時の野面積み石垣が本丸裏馬場に面した斜面に残っています。(鳥瞰図③付近)

25)南曲輪.JPG
南曲輪には休憩所が設けられています。

26)金山城地形模型.JPG
南曲輪にある金山城地形模型

民家の敷地となっている二ノ丸と三ノ丸を除いて主郭をひと回りしたので、駐車場の方へ戻り城の西部を歩きます。
27)西城筋違い土塁.JPG
西城の筋違い土塁(鳥瞰図④付近)

28)見附出丸.JPG
西側防御の最前線と思われる見附出丸。ここにも筋違いの土塁を配した虎口が南東斜面際にありました。(鳥瞰図⑤付近)

29)見附出丸西通路.JPG
見附出丸の西側にも虎口と思われる土塁の切れ目と堀切を渡る土橋がありますが、これは後世に土塁を崩して通路としたのかもしれません。

30)金山城址西石碑.JPG
尾根伝いに西へ進むと壇状地に石碑がありますが、それ以外の説明展示はありません。

眺めは良く、往時には物見のような施設があったと考えられます。(鳥瞰図⑥付近)
31)西石碑眺望.JPG
太田市の中心街を一望できます。



posted by ぱぺすけ at 11:29| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする