2012年01月29日

臼井城址公園

千葉県佐倉市の臼井城址公園を訪ねました。
臼井城は、千葉氏の一族臼井興胤によって14世紀中頃に築城されたと伝えられますが、現在みられる遺構は16世紀に改修されたものと思われます。永禄年間(1558〜1570年)に千葉氏の重臣原氏が城主になりますが、小田原の役により原氏が没落すると徳川家康の家臣酒井家次が三万石で入封します。慶長9年(1604年)、酒井家次が上野国高崎に転封されると臼井城は廃城となります。

01)臼井城址案内図.JPG
公園南口にある案内図。丸囲み数字は加筆です。

02)星神社.JPG
三の丸跡にある星神社。千葉氏一族に信仰された妙見菩薩が祀られています。

03)三の丸.JPG
三の丸跡。写真奥は空堀を挟んで二の丸です。(案内図①付近から撮影)

04)太田図書墓所.JPG
文明11年(1479年)、臼井城を攻め討死した太田図書の墓。太田図書助資忠は、太田道灌の弟または甥と伝えられています。

05)三の丸・二の丸土橋.JPG
現在は公道が通る三の丸と二の丸を結ぶ土橋。左には深い空堀があります。(案内図②付近から撮影)

06)臼井城址公園南口.JPG
公園南口

07)臼井城二の丸.JPG
二の丸跡。三十数年前に訪れたときには二の丸は畑、本丸は大半が藪に覆われ、その中にお堂が建っていたと記憶していますが、現在は公園として綺麗に整備されています。

08)二の丸・本丸土橋.JPG
二の丸から本丸へ渡る土橋ですが、遺構保存のため盛土がされ屈曲があった通路も直線的に改変されています。(案内図③付近から撮影)
右の空堀は現在公園の駐車場です。左の空堀は往時にはかなりの深さがあったと思われますが、畑として使われていたこともあってか浅くなっています。

09)臼井城本丸.JPG
本丸

10)臼井城本丸虎口.JPG
左右に高い土塁がある本丸虎口

11)本丸北西部土塁.JPG
虎口と土橋を望む位置にある本丸北西部の土塁。(案内図④付近から撮影)

12)本丸北虎口.JPG
本丸北側の虎口。腰曲輪へ降りられます。

13)本丸北腰曲輪.JPG
本丸北側の腰曲輪。複数段の曲輪を確認できます。(案内図⑤付近から撮影)

14)臼井城址から印旛沼.JPG
本丸の東端から眺める印旛沼

15)臼井城から師戸城.JPG
本丸からは、臼井城の支城である師戸城(印旛沼公園)が望めます。写真中央樹木の間から見える高台が師戸城跡です。



posted by ぱぺすけ at 11:12| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする