2013年02月23日

杉山城跡(その2)

杉山城跡(その1)からつづき、本郭東虎口から郭内に入ります。
杉山城本郭南東部
本郭の南東部。右から奥に続く土塁が切れている箇所は、井戸郭へ木橋が架かっていた南虎口です。(概要図⑤から撮影)

杉山城本郭
南虎口付近から見た本郭内部

杉山城本郭
本郭北部の土塁上から見た内部

杉山城本郭土塁
本郭北部の土塁上から大手方向を望む

杉山城南二の郭
本郭から見た南二の郭

杉山城東二・三の郭
本郭から見た東二の郭と東三の郭

杉山城本郭北虎口
本郭北虎口(概要図⑥から撮影)

杉山城北二の郭
北二の郭

杉山城北二の郭
北二の郭と本郭(概要図⑦から撮影)

杉山城北二の郭虎口
北二の郭虎口

杉山城北二の郭竪堀
北二の郭虎口前の斜面には竪堀と土塁が確認できます。

杉山城北二・三の郭空堀
北二の郭北端の土塁上から見た空堀。北二の郭虎口からの通路は、右の北三の郭に繋がります。

杉山城北三の郭
北三の郭

杉山城北三の郭虎口
北三の郭の虎口。やはり横矢掛かりになっています。(概要図⑧から撮影)

杉山城搦手口
北三の郭から見た搦手口。ここから先は緩やかな下り傾斜が続きます。

杉山城搦手
搦手からみた北三の郭

杉山城跡搦手入口
搦手側の入口

 杉山城跡は、廃城から500年程経っているとは思えない保存状態です。曲輪ごとの起伏が土のうねりの様に感じられ、その力強さは今まで訪れた城跡の中で一番と言えます。

posted by ぱぺすけ at 10:53| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月22日

杉山城跡(その1)

 先々月(2012年12月)に訪ねた埼玉県嵐山町の杉山城跡の様子です。杉山城の由来については、現地解説板に次のように記載されています。

また、城の立地についても、北方に越畑城・高見城と連絡し、西方全体に鎌倉街道を見下ろすという絶好の条件を備えています。当時の社会情勢から判断して、松山城と鉢形城とをつなぐ軍事上の重要拠点の一つであったと考えられます。築城年代や城主名等に不明な点も多いですが、地元では松山城主上田氏の家臣杉山(庄)主水の居城と伝えられています。

 発掘調査で出土した陶磁器等の年代は15世紀末から16世紀初めのもの、また広い範囲で火災の跡があったとのことです。

城跡に隣接する積善寺の境内から坂を上って大手口に向かいます。
積善寺境内

杉山城大手口
大手口

杉山城跡概要図
大手口に設置されている解説板に掲載されている概要図。丸数字は加筆です。

杉山城馬出し
馬出しと南三の郭に繋がる土橋(概要図①から撮影)

杉山城南三の郭空堀
南三の郭南側の空堀

杉山城南二の郭虎口
南三の郭から見た南二の郭の虎口。土塁が食い違いになっています。(概要図②から撮影)

杉山城南二の郭
南二の郭

杉山城南二の郭東虎口
南二の郭の東虎口。現地解説板には、正面虎口受けから左奥の帯郭に木橋が架けられていたと推測されると記述があります。谷に隔てられた奥は、東二の郭と東三の郭です。(概要図③から撮影)

杉山城南二の郭西虎口
右は南二の郭から井戸郭へ向かう土橋。横矢掛かりがあります。

杉山城井戸跡
井戸郭下の帯郭にある井戸跡

杉山城帯郭
井戸郭から南方向を望む。井戸跡のある帯郭は、南三の郭外側の帯郭へ続いています。

杉山城本郭空堀
井戸郭と右の本郭を隔てる空堀。本郭の北虎口前へ続いていますが、分岐して南西斜面の竪堀にも繋がっています。(概要図④から撮影)

ここで南二の郭に戻り、東虎口から本郭東側へ向かいます。
杉山城本郭東空堀
本郭東側の帯郭。現在は帯郭上の通路がそのまま本郭東虎口へ繋がっていますが、往時には虎口外に馬出し状の小曲輪があったと思われます。

 杉山城跡(その2)へつづく

posted by ぱぺすけ at 15:31| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする