2013年03月26日

今井の桜

 千葉県白井市の名内川沿いの桜並木、通称今井の桜です。

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タグ: 千葉県
posted by ぱぺすけ at 18:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月16日

宮本城跡(その2)

 宮本城跡(その1)からつづき、宮本城主郭へ向かいます。

宮本城主郭付近
主郭手前の雑木林。左は曲輪跡と思われます。

宮本城主郭
宮本城主郭。地面に置かれている青い屋根は、潰れた東屋のようです。(略図

宮本城主郭手水鉢
主郭に隣接する腰曲輪には手水鉢があり、主郭跡に社が置かれていた時代があったと思われます。

宮本城主郭土壇
主郭の東部には土壇が見られます。(略図

宮本城主郭
土壇の横には主郭の奥に続く踏み跡が見られますが、主郭北端の角で終わり他の曲輪等へは繋がっていないようです。

宮本城主郭虎口
南の端では虎口と思われる切れ込みを確認できます。

宮本城跡ホルトノキ
主郭南東側の急斜面を下りるとホルトノキの巨木があります。

宮本城跡ホルトノキ
解説板によると樹齢300年余り、ホルトとはポルトガルを表し、戦国時代に渡来した暖地性の樹木です。(略図

ホルトノキの前から犬走り状の通路が西に向かって伸びており、それを辿ってみます。
宮本城通路
途中、ロープに掴まりながら進む崩落箇所もあります。

東に向かう分岐を過ぎ、落ち葉に埋まりかけた道を進むと斜面から張り出すような曲輪跡と思われる平場が現れます。(略図
宮本城曲輪

山の斜面と曲輪の間を進むと、急な下り坂の切通し状の道になります。
宮本城虎口
この先は藪になっていてはっきりしませんが、道は突き当たりを左に曲り、土塁沿いに少し進んで右に曲がっているように見えます。右上には曲輪と思われる平場も確認でき、この場所は重要な虎口のひとつと思われます。

ここから、来た道を東方向への分岐まで戻ります。
宮本城通路分岐
左が先ほど通って来た主郭方面。右に向かいます。(略図

宮本城腰曲輪分岐
略図で再び分岐です。右は藪になって進めません。左へ向かうと細長い腰曲輪が連なっています。

宮本城腰曲輪
略図の場所は、全体に水が溜まっていて田圃跡のようにもみえます。水を確保するための溜井ではないかと考えられます。

宮本城東部通路
この先にある東部の遺構を通り、尾根伝いに進むと東2km程にある滝田城跡に連絡します。また谷を挟んだ南東尾根にも遺構が残っており、ここから向かうことができるはずです。(略図
この後、滝田城跡へ車で向かう予定でしたので、ここで引き返し散策を終わります。

 以上は、2013年2月に現地を訪ねた際の記事です。
posted by ぱぺすけ at 18:53| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月15日

宮本城跡(その1)

 千葉県南房総市の宮本城跡を訪ねました。
 県道185号線を道の駅おおつの里から北に350m程で右折して、舗装された農道に入ります。

宮本城跡城山
坂を上って行くと宮本城跡のある城山が正面に見えてきます。案内板に従い左へ向かいます。

宮本城跡略図
宮本城跡略図。今回歩いて目視できた部分のみ図にしました。
宮本城の歴史については、主郭に設置されている解説板に次のように記載されています。

 宮本城は、房総里見氏の二代目成義が延徳三年(一四九一)に、稲村城の支城として築いたものである。
(中略)
 初代の城主は、成義の三男実堯がなった。この宮本城は、天文二年(一五三三)に起きた里見一族の内紛で当主の義豊が敗死すると、稲村城と共に廃城となったと伝えられているが、遺構の形式からみて、従来考えていたより後年まで使用されていたといえる。当時の文献からも、義豊を滅ぼした義堯が宮本城に居城したことが明らかになったからである。


宮本城外郭
虎口風の切通しを抜けた略図付近は、果樹園になっており宮本城の遺構が残っているとしてもかなり改変されていると思われます。

宮本城登城道
舗装が途切れると、いきなり崩れかけた道となります。

宮本城曲輪
略図は、段状地になっていて曲輪跡と思われます。

宮本城登城道
右手下の林は、かなりの広さがある平場になっていて曲輪と思われます。

坂の上は狭い平場になっていて、ここから南の斜面を横切る犬走りが伸びています。(略図
宮本城犬走り
この犬走りは、土砂崩れにより埋まっている箇所があります。

主郭に向かう道に戻って更に上ると分岐があらわれます。(略図
宮本城通路分岐

宮本城犬走り
北斜面の犬走りですが、こちらも倒木などで道は塞がれています。

宮本城通路
主郭へは、右に鋭角に折れるこちらの道を使います。

宮本城通路
左は曲輪跡と思われますが、藪に覆われその形状は分かりません。

しばらく進むと南西方向に視界の開けた場所に出ます。(略図
宮本城眺望
浦賀水道と大房岬を望むことが出来ます。

 宮本城跡(その2)へつづく


posted by ぱぺすけ at 23:28| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする