後閑城址公園

 群馬県安中市の後閑城址公園を訪ねました。後閑城については、本丸にある後閑城跡之碑に次のように記述されています。(句読点を加筆してあります。) 後閑城は今からおよそ五百年前(一四四五年ごろ)信州御嶽の城主依田忠政が六か年の歳月を費して完成したと伝えられる。その孫光慶が天文七年板鼻の鷹の巣城を築いて移ったため本城は一時北条政時の居城となった。やがて丹生城主新田景純がこれを亡して代り、その子信…

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滝田城跡(その2)

 滝田城(その1)からつづき、主郭へ向かいます。 主郭一つ手前の曲輪の虎口には「城門跡」と表示があります。(略図⑥) 主郭虎口は城門跡から西にずれており、食い違い構造になっています。 虎口とは反対の南端から見た主郭内部 主郭には二箇所に礎石が残っています。 主郭の南には櫓台がありますが、櫓台の西側斜面は土砂崩落防止の擁壁が設けられてい…

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滝田城跡(その1)

 千葉県南房総市の滝本城跡を訪ねました。滝本城については、展望台の解説板に次のように記載されています。  嘉吉元年、結城合戦に敗れた里見義実は、海を渡り白浜に上陸する。そこから参軍する兵を率いて北進し、千田城、稲村城に拠り、さらに北上して築いたのがこの滝田城である。  年を下って五代義豊は、従兄弟の義堯と犬掛、川又の野で戦い、敗れて滝田城の西側の谷で自害したという。かくして義堯は里見家の…

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