2014年03月27日

木原城址城山公園

 茨城県美浦村の木原城址城山公園を訪ねました。

木原城址城山公園
村立木原小学校前に公園を示す案内板があります。県道68号線が通るこの場所は、すでに木原城の三の曲輪内部に入っています。

二の曲輪虎口
小学校の敷地に沿って進むと門柱が現れますが、ここが二の曲輪の虎口です。

木原城縄張復元図
二の曲輪虎口に設置されている木原城縄張復元図(丸数字は加筆です。)

木原城二の曲輪
二の曲輪 − 内部は畑になっており、道路沿いには公園の駐車場があります。右手から中央へ続く土塁の切れ目部分が門柱のある虎口です。

二の曲輪・詰曲輪堀切
二の曲輪と詰曲輪の間にある堀切(縄張復元図①)

詰曲輪虎口
詰曲輪虎口

木原城詰曲輪
詰曲輪 − 左手に展望台があるのですが、工事中で入ることはできませんでした。

木原城詰曲輪
奥に進み、西側の土塁前からみた様子 − 往時には、この路に沿って堀があったようです。この他に、発掘調査で弥生時代から古墳時代の集落跡や堀跡も発見されています。

木原城搦手口
搦手口 − 住宅地の奥は霞ヶ浦です。

木原城稲荷郭
搦手口東側の稲荷郭

稲荷・二の曲輪堀切
稲荷郭と二の曲輪を隔てる堀切 − 10m以上の深さがあります。

木原城水堀跡
水堀跡(縄張復元図②)

木原城南虎口跡
公園を離れた南虎口跡付近(縄張復元図③) − 道路左の竹林の中に土塁を確認できます。

永巖寺
寺郭にある永巖寺

木原城神田虎口
神田虎口付近

木原城寺郭
永巖寺本堂の裏は、自然地形の削り残しと思われる土塁になっています。

寺郭・神田虎口
土塁から見た神田虎口 − 土塁には神田虎口と寺郭を結ぶ切れ込みがあります。

旧館跡
寺郭から低地を挟んで南にある旧館跡(縄張復元図④)

 旧館跡を除いても南北700m、東西600m程の大きさがある立派な城郭です。
 16世紀後半、霞ヶ浦の対岸に進出してきた佐竹氏と対峙するため、この地方を治めていた江戸崎土岐氏が築城したと考えられています。永禄6年(1563年)頃、土岐氏は小田原北条氏と同盟関係になり、この城の縄張りにもその影響が及んでいると思われます。城主は土岐氏家臣近藤氏が務めた記録が残っているようです。

posted by ぱぺすけ at 12:10| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月14日

陸平貝塚公園

茨城県美浦村の陸平(おかだいら)貝塚公園を訪ねました。

陸平貝塚史跡碑

陸平貝塚解説板
現地解説板

復元竪穴住居
復元竪穴住居

陸平貝塚公園
この台地の縁に当たる傾斜地8箇所に貝塚があります。

陸平貝塚B貝塚

陸平貝塚B貝塚
B貝塚 − ほとんどが落葉や草木に隠されていますが、地表が崩れている場所で貝殻を確認できます。

ブクブク水
B貝塚がある斜面下の湧水

貝層が見える場所がないか探していた処・・・
陸平貝塚D貝塚

陸平貝塚D貝塚
D貝塚 − 遊歩道からショートカットした踏み跡で厚い貝層を確認することができました。屋根を設けるなど保護が必要になりますが、貝層を露出させた展示があると良いのではと思います。

posted by ぱぺすけ at 14:59| Comment(0) | 公園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月06日

小倉城跡

 訪問からだいぶ時間が過ぎてしまいましたが、武蔵嵐山渓谷の近く、埼玉県嵐山町、ときがわ町、小川町の三町境界の丘陵上にある小倉城跡を紹介します。

林道小倉線口
林道小倉線沿いの入口から城跡へ向かいます。

小倉城跡案内図
案内図(丸数字は加筆です。) − 主要な郭は、麓の集落から比高70m程の高さに位置します。

築城年代や城主については、郭1に設置されている解説板に次のように記載されています。

江戸時代の諸記録では、「新編武蔵風土記稿」に、後北条氏重臣遠山氏、「武蔵誌」では、比企戦国史に重要な位置を占めた上田氏を城主としているが、最新の発掘調査による城跡の年代推定は、16世紀前半〜後半と判明している。

郭4南西土塁と腰郭
峠の分岐を案内標識に従って曲がると、土塁が見えてきました。

郭4虎口
郭4虎口

郭4虎口内
郭4内から見た虎口(案内図①) − 虎口を入ると左の土塁と右の郭に挟まれた通路になっています。

小倉城郭4
郭4

郭4・郭2堀切
郭4と郭2を隔てる堀切

郭4竪堀
堀切から続く竪堀(案内図②)

下段腰郭
郭2南の腰郭から下方を覗くと、斜面に郭が重なっています。

郭2・郭1堀切
郭2と郭1の間の堀切(案内図③)

小倉城郭2
郭1から見た郭2

郭1南虎口
郭1南虎口

小倉城郭1
郭1内部

小倉城跡史跡石碑
史跡石碑

郭1北虎口
郭1北虎口(案内図④) − 北虎口から入った通路は土塁と郭に挟まれ、郭4虎口付近と同様の構造になっています。

郭1北虎口外
郭1北虎口外側の腰郭 − 中央柵の手前は枡形状の虎口になっています。

二重堀切
尾根の先端部に近い堀切は、底部に土塁を持つ二重構造になっています。(案内図⑤)

郭1東虎口
東虎口は二つあり、手前の虎口外側は空堀に向かって落ち込む斜面、奥の虎口外側は馬出し状の郭になっています。

馬出し
馬出し状の郭(案内図⑥) − 堀切を挟んで奥は郭3です。

郭3土塁石垣
郭3の土塁 − 削り残しに石積を加えて土塁を形成したように見えます。位置や高さから考えると、往時には馬出し状の郭からこの土塁へ木橋が架かっていたのかもしれません。

郭3石垣
郭3西斜面の石垣

郭3石垣
郭3南斜面の石垣

郭3石垣
郭3東斜面の石垣 − 石垣は、この他に虎口の土塁側面や腰郭下の法面等にも見られますが、郭3の周囲は規模が大きく、この城跡一番の見所だと思います。

 以上は、2013年12月に現地を訪ねた際の記事です。

posted by ぱぺすけ at 18:12| Comment(0) | 城跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする